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札幌地方裁判所岩見沢支部 昭和34年(わ)110号 判決

主文

一、被告人西鳥羽米一、同佐藤幸男、同佐々木正明を各罰金二万円に、被告人佐藤正太郎を罰金一万五千円に、被告人鎌田茂士を罰金一万円にそれぞれ処する。

二、右罰金を完納することができないときは、金二五〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

三、被告人ら五名に対し、公職選挙法第二五二条第一項の選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しない。

四、訴訟費用のうち、証人後藤健治、同後藤ツカ、同山口昭一、同石川正勝、同西村長市、同西村義明、同吉田清治、同猪狩松雄、同牧野要蔵、同柏女義雄、同佐藤久、同渡辺浩及び第一回公判前の証人高橋三郎に支給した分は被告人ら五名の負担とし、証人国藤昇に支給した分は被告人西鳥羽米一、同佐藤幸男、同佐々木正明の負担とし、証人成田敏光に支給した分は被告人佐藤正太郎、同佐藤幸男、同佐々木正明の負担とし、第一回公判前の証人石川正勝に支給した分は被告人西鳥羽米一、同佐藤正太郎、同佐藤幸男、同佐々木正明の負担とする。

五、本件公訴事実中、被告人佐藤幸男が昭和三四年三月二九日頃労働会館において、美唄市議会議員選挙に関し、候補者となろうとする後藤健治を威迫したとの点につき、同被告人は無罪。

六、本件公訴事実中、被告人佐藤幸男、同佐々木正明が共謀のうえ同年四月二日頃組合事務所において、前記選挙に関し前記後藤健治を威迫したとの点につき、右被告人両名は無罪。

理由

(本件犯行に至るまでの経過)

被告人らは、いずれも昭和三四年四月三〇日施行の美唄市議会議員選挙の前後、三井美唄炭鉱労働組合(以下単に組合という)の執行機関を構成する役員であつて、被告人西鳥羽米一は執行委員長、同佐藤正太郎は副執行委員長、同佐藤幸男は書記長、同佐々木正明は組織部長、同鎌田茂士は教宣部長の職にそれぞれ就いていた者である。

さて組合では、昭和三〇年頃から、地方議会議員選挙等に際し、労働者の利益代表を多数当選させる方策として、組合機関の議決を経て、組合員の中から立候補する者の数を制限したうえこれをいわゆる統一候補として推選し、その選挙運動を押し進めることにしていたが、前記美唄市議会議員選挙に際しても右の方法をとり、同年二月六日の代表委員会及び同月八日の臨時大会において、組合の下部組織である地区委員会から一名宛選出された計六名の候補者を統一候補として確認決定した。ところが、その後被告人ら組合幹部は、組合員後藤健治が右統一候補の選に漏れたのにかかわらず組合の企図に反し独自の立場で立候補しようとしていることを知つたので、票が割れることを防ぐため、後藤に対し組合の方針に従つて立候補を断念するよう数次にわたり説得を試みたが、後藤はこれを受け容れようとしなかつた。

(罪となる事実)

第一、被告人西鳥羽米一、同佐藤幸男、同佐々木正明は、後藤が立候補の意思をひるがえさないまま選挙期日の告示を翌日に控える事態となつたので、同人に対する組合としての最後の説得を試みるため、昭和三四年四月一七日午前九時頃、美唄市字美唄一〇四〇番地所在の組合事務所に同人を呼び出し、同事務所執行委員長室において、右被告人ら三名ほか組合役員二名が同席して、後藤に対し立候補を断念するよう話しかけたが、同人がこれに応ずる気配なく、むしろ挑戦的な態度さえ示すに至つたので、右被告人ら三名は、後藤の立候補を阻止するためには圧力を加える結果となるも止むなしと考え、互に意思相通じて共謀のうえ、後藤に対し、被告人西鳥羽が「どうしても立つなら除名ということもあるだろう、組合の機関決定に従わなかつたときはどうなるかは組合の指導者だつた後藤さんにはよくわかつている筈でないか」、同佐々木正明が「自由立起する理由をはつきりしてくれ、われわれは機関に報告しなければならないんだ」などと申し向けて、暗に、立候補する場合は組合の統制を乱した者として組合規約により処分されることがある旨を示し、被告人佐藤幸男もこれに同調するような威圧的発言をしてもつて、前記美唄市議会議員選挙に関し、候補者となろうとする組合員後藤を組合との特殊の利害関係を利用して威迫し、

第二、被告人西鳥羽米一、同佐藤正太郎、同佐藤幸男、同佐々木正明、同鎌田茂士は前同日正午頃から前記組合事務所で開かれた執行委員会に列席し、その席で、立候補を強行しようとする後藤に対し当面組合のとるべき処置について協議して、組合員に対し後藤が組合の機関決定に背いて立候補する旨を周知させると共に団結を乱さないよう啓蒙する趣旨の文書を頒布することを決定し、この処置が延いては選挙に関し後藤を威圧する結果をもたらすことを知りながら、ここに右被告人ら五名は共謀のうえ、同日午後八時頃、組合機関紙「流汗」(同日付企反8号)に、「統制発動について」と題し、「後藤健治君は、組合の統制違反なきようにするための再三再四の努力にもかかわらず、組合機関決定を無視し労働者の信義をおかしても自由行動をとるとの意思を明らかにした。労働者の階級的利益を裏切つた同君には統制違反者として組合規約の定めにより処分の規定が適用されるものであることを全組合員と家族に公示する。なお組合機関決定を無視する行為ある者は当然厳重処断されることを念のため付記する」旨記載して、そのうち一部を、その頃美唄市南美唄町三井下三条四丁目右四号の後藤方に配付させ、同人に対し立候補する場合は組合の統制を乱した者として組合規約により処分される旨を示して、もつて、前記選挙に関し、候補者となろうとする組合員後藤を組合との特殊の利害関係を利用して威迫し、

第三、被告人佐藤正太郎、同佐藤幸男、同佐々木正明は、同年五月五日前記組合事務所で開かれた執行委員会に列席し、その席で、前記選挙に立候補し当選した後藤に対する組合のとるべき処置について協議して、同人が組合の統一候補決定の趣旨に背いて個人的に立候補したのは組合の統制を乱した者であるとして、爾後一年間組合員としての権利を停止するとともにその旨を山内公示することを決定し、ここに右被告人ら三名は共謀し、同月八日開催の代表委員会の議決を経て同月一〇日午後五時頃、同事務所会議室において、被告人佐藤正太郎、同佐々木正明が後藤に対し右処分の内容とこれを山内公示する旨を通告し、更に翌一一日、同事務所前掲示場ほか山内七ケ所に、右後藤に対する処分の内容を記載した被告人佐藤幸男起案にかかる組合執行委員長名の公示書を掲示し、その頃後藤をして右事務所前掲示場ほか一ケ所においてこれを知らしめ、もつて前記選挙に関し、当選者である組合員後藤を、組合との特殊の利害関係を利用して威迫し

たものである。

(証拠の標目)(省略)

(被告人及び弁護人らの主張の主要点に対する判断)

第一、判示第一の事実について

被告人西鳥羽、同佐藤幸男、同佐々木及び弁護人は、右事実について、判示の日時に判示の場所で後藤と会見した事実は認めるも、同人を威迫した事実はないと主張するが、この点についての当裁判所は次のとおりである。

一、この点を論ずるについては、その前提としてまず、一般に本件全体における証人後藤健治に対する尋問調書及び後藤健治の検察官に対する第一回ないし第四回供述調書(以下単に後藤の証言または後藤の供述調書という)を事実認定のうえどのように評価すべきかを考えなければならない。なぜならば、これらは、本件公訴事実のうち判示第一の事実及び無罪を云い渡した各事実については、これを積極に認定するための殆んど唯一の証拠といつてよいからである。後藤の証言には、同人の主張に有利な事項については誇張し、不利な事項或いは答えたくない事項については不合理な遁辞や強弁を弄する場合が随所に見られ、更には事実の混同や独断的な要約と見ざるをえない部分もあつて、これを全面的に採用するわけにはいかない。例えば昭和三四年二月八日(以下月日のみを示す場合はすべて昭和三四年である)の臨時大会における質問応答について、主尋問では、後藤が「任期中停年退職になる者は推選しないということだが、もしその人たちが当選した時は追う趣旨か」と質問したのに対し被告人佐藤幸男が「追う意思はない」と答えた。これは自由に立候補してよいという趣旨と思つた旨述べている点、更に反対尋問では、同被告人の答が任期中に停年退職する者でも地区から推選されて来れば受け入れるという趣旨であつたことを認めながら、なお自由に立候補してよいという趣旨と解したと述べ、弁護人からその不合理を追及されても、「その当時では自由に立候補してよいという趣旨になる答弁をされている」旨強硬に突つぱねている点(当時組合幹部がそのような答弁をする筈がない)、社会党を除名された理由について知らないとか記憶がないと述べている点、敢えて立候補した理由についての質問に対する証言態度、昭和三〇年市議選の統一候補決定に関する対抗者吉田清治のことについての質問に対しうなぎ問答でとぼけている点、三月二九日の被告人佐藤幸男との会談の際被告人が「君も組合の幹部をやつていたのだから組合がどのように恐ろしいものであるかはわかつているではないか」と云つた旨述べている点(後藤の供述調書にはこの点記載なく、四月二日の会談の際被告人佐々木の口から右の趣旨のことばが出た旨記載されている)、同日の会談で執行部の起案権について論争したいきさつに関する反対尋問の際の証言態度(後に無罪の理由の項で述べる)。これらの諸点は、さきに述べた後藤の証言の信憑性を減殺する部分の主なものである。このような証言の内容及び態度から看取される後藤の性格は、当然同人の供述調書にも反映されていると見なければならないが、同人の供述調書は、各公訴事実に関する部分の構成要件的骨組みだけを要約整頓して作成されているので、証言時よりも同人の記憶が新らしいと思われる以外に供述調書自体でその信憑性を判断する手掛りに乏しい。

ただ、後藤の証言及び供述調書を通じていえることは、同人が故意に架空の事実をねつ造して全く事実無根のことを述べているという気配までは認められないことである。

以上のような価値判断から、各公訴事実毎に後藤の証言や供述調書の内容を検討し、それが右の諸欠陥に基く批判に十分耐え得て信憑力あることを示すかさもなくば、その真実性を裏づけるに足る何らかの他の証拠または間接事実が認められない限り、その公訴事実の存在を確信するには至らないというのが、当裁判所の基本的な考え方である。

二、さて、判示第一の事実についてみる場合、まずその会談が持たれた時の背景を考える必要がある。すなわち、選挙告示を翌日に控えていたこと、組合幹部としては統一候補を何名当選させるかについて他の労働組合に対する対抗意識を持つていたこと(証第六号諸会議議事録抜萃綴)、被告人ら幹部は判示第二のような文書を配付する腹案をすでに持つており、且つ、その日(四月一七日)を最後の説得の機会と考えていたこと(証第六号)、〓会談は組合としての公式のものであつて、執行委員長名の文書により後藤を呼び出していること(証第五号呼出状)、判示第二のような内容の「流汗」を急きよ印刷して、その夜のうちにこれを組合員に配付していること、これらの事実から、当時被告人らとしては、後藤(及び鈴木新一)の自由立候補問題の処理について非常なあせりを持つていたことが明らかに認められる。

このことと、当日の会談に際し、後藤が被告人らの説得に応ずる気持が毛頭なくむしろ挑戦的であつた事実(証第二三号の封筒及びこれを説明した後藤の第二回供述調書並びに被告人佐藤正太郎の司法警察員に対する五月二一日付供述調書、証第六号中四月一七日の執行委員会議事録抜萃中、「おれたちに間違いでしたと云えと云つている。とにかく最初から、間違いでしたという言質をとるために一生懸命かかつておるんだから。」との被告人鎌田の発言記載)及び後藤が席をけつて帰つた情況(証人国藤昇に対する尋問調書、被告人佐々木の司法警察員に対する供述調書)とを考え合わせ、更に後藤の証言並びに第二回供述調書を総合すると、この日の会談の場はかなり緊迫した雰囲気になつたものと認めることができる。

被告人佐藤正太郎の検察官に対する五月二四日付供述調書及び第一〇回公判調書中被告人西鳥羽の供述記載には、後藤が独り理由もなく興奮していた趣旨の記載があるが、いかに後藤が興奮しやすい性格の持主であるとはいえ、他の五人の同席者が冷静であるのに後藤のみいきり立つているということは納得できず、右被告人らの供述をそのまま信用することはできない。

三、以上のような背景を考慮しながら、後藤の証言及び第二回供述調書の判示事実に関する部分を見るとき、これはかなり真実に近いものと見ることができる。そして、被告人西鳥羽が判示のことばを吐いた事実は第一〇回公判調書中同被告人の供述記載、被告人佐藤正太郎の司法警察員に対する五月二一日付供述調書及び前記証第六号によつても認められるところである。もつとも、右のことばは後藤の「もし立候補したら組合としてはどうするか」との問いに対して吐かれたものであることが右各証拠により認められる。しかしながら、組合執行部の主だつた役員が同席する会談の席で、しかも前説示のような背景の下に後藤に対し除名処分の意図を示すことは、すでに説得の域を超え、公職選挙法第二二五条第三号にいう威迫に該るものといわなければならないし、また被告人西鳥羽が最も重い処分だけを云つたところに、同被告人の後藤に対する威迫の認識があつたものと見ざるをえない。判示の「自由立起する理由をはつきりしてくれ、われわれは機関に報告しなければならないんだ」とのことばは、被告人佐々木が云つたものであることが認められ(同被告人の司法警察員に対する供述調書及び第一〇回公判調書中同被告人の供述記載)この点、被告人佐藤幸男のことばであるという後藤の証言及び供述調書は、同人の記憶の混同によるものと認められる。そして、右のことはそれ自体を取り出してみれば「威迫」と直接結びつくものでないことは弁護人主張のとおりであるが、判示の席で、前説示の背景のもとに、かつ被告人西鳥羽の判示発言の後に出たことばである情況を考えれば右の発言は後藤に対する処分の意図を暗示するものとして十分の意味がある。

被告人佐藤幸男が右席上後藤を威圧する態度で強い発言をしている事実は、後藤の証言及び供述調書、更に前記説示の背景及び右認定の被告人西鳥羽、同佐々木の発言情況等から認められるところである。

以上認定の事実及び情況に照らすときは、判示第一の公談の席において、被告人西鳥羽、同佐藤幸男、同佐々木につき、威迫の事実の認識と、それが暗黙のうちに相通じ互に他の者の行為を認容する意識があり、すなわちその共謀の下に前記発言がなされたものといわざるをえない。よつて、判示第一の事実につき右被告人ら及び弁護人の主張は採用できない。

なお、右に関する公訴事実のうち、被告人佐々木が「どうして妻子を泣かせなきやならないんだ」と申し向けたとの部分は、後に無罪の理由の項で説明するとおり認められない。

第二、判示第二及び第三の事実について

弁護人の主張の要旨は次のとおりである。すなわち、「労働組合は、労働者の経済的地位の向上を図るという主たる目的を達成するためには、政治活動をもすることができる。他方労働組合が一個の団体であるということから当然労働組合はその団体性を維持するため統制権を有する。従つてある組合員が組合の統制を乱す行為をした場合には、たとえその行為が政治活動であつても労働組合はその者に対し統制権を発動することができる。本件後藤に対する統制処分は、単に同人が組合の決定に反して自由立候補したこと自体をとり上げてなされたものでなく、自由立候補に関連して同人のとつたいろいろな反組合的行為に対してなされたものであつて、適法な処分であり、被告人佐藤正太郎らのなした判示第三の行為は正当な行為である。従つて、これを予告した判示第二の行為も正当行為である。」と。

この点については、当裁判所は次のように考える。

一、後藤に対する処分の理由について。

四月一七日の執行委員会並びに五月八日の代表委員会における後藤に関する問題の討議内容(証第六号)及び判示第二の「流汗」並びに判示第三の公示書(証第七ないし第九号、第一五ないし第一七号)によれば、後藤の、組合の統一候補としての選に漏れたのにかかわらず個人の立場で立候補した行動それ自体が統制違反として把えられその行動の故に処分がなされたものであることが明らかに認められる。

弁護人は、「統一候補決定に至る組合手続内の意思形式に参加しながら一旦推選から漏れるとその手続を批難し組合を攻撃し組合に挑戦するという――その端的な現れは自由立起である――後藤の反組合性を統制の問題にし」たものと主張するが、後藤が自由立起問題に包摂し得ない他の反組合的行動をとつた事実を認め得る証拠はなく、弁護人の主張する後藤の反組合的行動は自由立起することから派生する当然の帰結としてのそれであつて、自由立起と異質のものではない、事実また組合において統制処分の論議の対象となつたものは自由立起の反組合性自体であることが前記各証拠により認められるところなのである。

二、労働組合の政治活動及び統制権の範囲について。

労働組合は、労働者が主体となつて自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体(労働組合法第二条)であることは今更云うまでもない。そして、その団体性が特に憲法及び労働組合法で保障されている所以のものは、社会的経済的弱者たる個々の労働者をその強者たる使用者との交渉において対等の立場に立たせることにより、労働者の地位を向上させることにある。しかしながら、現在の政治、社会機構の下においては、労働者がその経済的地位を向上させることは、これを単に対使用者との交渉に求めるのみでは十分なしえない点があり、政治と無関係にはなしえない場合があるので、労働組合が前記目的をより十分に達成するための手段として、その目的達成に必要な限度において政治活動を行うことは、労働組合法第二条第四号の趣旨に照らして認められるものと解せられる。従つて、本件のような地方議会議員選挙において、労働組合がその利益代表を議会に送り込むために選挙活動をすることは、組合員の居住地域の環境改善その他生活向上のために十分意味のあることであり、その方策として、いわゆる統一候補を決定し組合を挙げてその選挙運動を推進すること及び、統一候補以外の組合員で立候補しようとする者に対し、組合の所期の目的を全うするため立候補を思い止どまるよう説得することは、正当な組合活動である。

しかし、このことから直ちに、組合の説得に応じないで個人的に立候補した者に対し統制を乱したとして処分することが適法であるとはいえないのであつて、この点については更に別の面から検討しなければならない。

およそ団体は、その団体性を維持するために一定の規律を設け団体員の規制する個有の権能、いわゆる統制権を有するものであつて、このことは団体法理から当然にいえることである。労働組合もその例外ではない。そして労働組合が政治活動をなしうることは、前述のとおりであるから、一般論としては、組合員が組合の統制を乱す行為に出た場合には、たとえそれが政治活動に関するものであつても、組合はその組合員に対し統制権を発動することができるといえる。しかしながら、団体の統制権も絶対的なものではないのであつて、統制が必然的に多かれ少なかれ団体員の自由を約束するものであるが故に自らそこに制約がある。そしてその範囲は、個々具体的に、統制によつて制限される自由の性質及び重要性と、当該団体の存立目的並びに存在意義とを対置し、その相関関係において決しなければならない。

そこで、労働組合の統制権と組合員の公職選挙に立候補する自由の関係を考えてみよう。

民主主義を国家統治の基本原理とするわが国は、その要請に基づいて議院内閣制、地方自治制を採用し、国会議員、地方公共団体の議会議員及びその長の地位の取得を普通選挙によらしめている。従つて、選挙が自由公正に行なわれることは、国家統治の基本原理を維持するために最も強く要請されるところといわなければならない。

選挙は選ぶ者がその自由に表明する意思によつて自己の代表者を選ぶことにより自ら国家意思の形成に参与するための制度である。ただ、誰を選ぶかは本来全く自由であるべきだが、非常に多くの選挙人を擁する社会における選挙では、実際上各人がてんでに選ぶのでは収拾がつかないから、公職選挙法は、代表者となろうとする者がまず自由な意思で立候補し、選挙人は立候補者の中から自己の代表者を選ぶという制度を採用しているのである。従つて、選ばれる者すなわち被選挙権を有し公職選挙に立候補する者がもし自由な意思で立候補することを他の何者かによつて妨害されるならば、そのことは、延いては選ぶ者の自由な意思の表明を阻害することになる。立候補の自由を保障することはこの意味において選挙の自由公正を維持するうえで非常に重要なことといわなければならない。だから公職選挙法第二二五条は、選挙人に対すると同様候補者或いは候補者となろうとする者に対する選挙に関する自由を妨害する行為を罰することとしているのである。

労働組合は、前記の目的を有する団体であり、一定の政治的主義主張を政治に反映させたり或いは自ら政治を行うことを直接の目的とするものではないから、その政治活動は前記の目的を達成するための一手段であるにすぎない。

ある者が自らの意思である団体に属する場合、その者はその団体の存立目的達成のため通常必然的に生ずる範囲の自由の拘束を受けることを当然予定している。従つて、労働組合の組合員は、組合の前記目的達成上止むをえない自由の拘束を受けることを認容しなければならない。しかし、労働組合の目的及びその政治活動の性質を考えると、組合員が国民として選挙に立候補することは組合の活動と本質的関連を有するものではないから、立候補する自由は組合員として必然的に拘束を受けることを認容しなければならない自由のうちに入らないといわねばならない。このことは、政党と党員との関係に対比してみると明らかである。議会制の下では、政党がその構成員たる党員を選挙に立候補させ当選させるべく活動をすることは、政党の存立目的とは切り離して考え得られないことであり、まさに政党の本質的活動そのものであつて、党員もまた政党に所属する以上当然そのことを認識している。従つて、政党が党員の立候補を規制することは許されるところであろう。これに引きかえ、労働組合が組合員中のある立候補者をいわゆる統一候補と決定し、その選挙運動を推進することの意味は、ひつきよう、一国民として立候補する組合員を、組合が推選しその選挙運動の応援をするということ以上には出ないものということができる。

以上述べた選挙に立候補する自由の重要性と、労働組合の目的並びに政治活動の性質とを比較衡量する場合、労働組合は組合員の公職選挙に立候補する自由を拘束しえないものと解すべきであり、従つてある組合員が組合の統一候補選出決定に反して独自に立候補し或いは立候補しようとすることに対しては、その組合の統制権は及ばないものというべきであるから、これを理由に当該組合員を統制違反者として処分することは違法であるといわなければならない。

三、後藤に対する判示第二の統制処分の予告及び判示第三の処分行為はいずれも公職選挙法第二二五条第三号にいう威迫にあたるものと解すべきであり、従つて、弁護人主張のように右組合の統制処分に関する各行為を正当行為ということはできないから、被告人らは右両事実につきその罪責を免れ得ない。よつて右両事実に関する弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人らの判示各所為はいずれも公職選挙法第二二五条第三号、刑法第六〇条に該当(判示第三の各所為は包括的に該当)するので、全被告人につき所定刑中罰金刑を選択し、被告人西鳥羽につき判示第一及び第二の各罪、被告人佐藤正太郎につき判示第二及び第三の各罪、被告人佐藤幸男、同佐々木の両名につき判示第一、第二及び第三の各罪は、それぞれ刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四八条第二項、第一〇条により、被告人西鳥羽、同佐藤幸男、同佐々木については犯情の重い判示第一の罪の刑に、被告人佐藤正太郎については犯情の重い判示第二の罪の刑にそれぞれ法定の加重をし、以上の各金額範囲で被告人西鳥羽、同佐藤幸男、同佐々木を各罰金二万円に、被告人佐藤正太郎を罰金一万五千円に、被告人鎌田を罰金一万円にそれぞれ処し、全被告人につき、罰金を完納できないときの労役場留置の点につき同法第一八条第一項を、公職選挙法第二五二条第一項の規定を適用しない点につき同法同条第三項を、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文をそれぞれ適用して主文第一ないし第四項のとおり言渡すこととする。

(無罪の理由)

第一、被告人佐藤幸男に対する主文第五項記載の公訴事実について同被告人の無罪の理由。

公訴事実の要旨は、被告人佐藤幸男は、判示冒頭記載の事実の下に、後藤をして立候補を断念させるため、昭和三四年三月二九日頃美唄市字美唄一、五三四番地所在の三井美唄鉱業所労働会館において、後藤に対し「執行部には起案権と執行権があり、組合員がこれに従わないときはどんなことでもできる、妻子を泣かせたり行李を背負つたりした人があつたじやないか」と申し向けて、同人が前記選挙に立候補すれば組合規約により統制違反者として除名処分を受ける旨を暗示し、もつて選挙に関し候補者となろうとする組合員後藤を組合との特殊の利害関係を利用して威迫した、というにある。

これに対し、被告人佐藤幸男及び弁護人は、同被告人が三月二九日に労働組合会館で後藤と面談した事実は争わないが、公訴事実記載のような威迫的言辞を吐いたことはないと主張する。

一、右公訴事実についての当裁判所の判断は、「被告人及び弁護人らの主張に対する判断」の欄第一、一の項において述べた後藤の証言及び供述調書に対する評価から出発する。

二、後藤の第一回供述調書によると、「組合では労、農、商、中小企業のていけいを叫んでいながらこれを追い出すやり方には反対である。私は辞めないと云つたら、書記長の幸男君が停年退職の者は今度立てないという事は機関で決定した事だから辞めてくれと申しました。それで私は前の大会で私がその事について反駁している様に執行部で停年制を代表委員会なり執行委員会に出すこと自体が間違いだこれを出したからこういう問題が起きたのではないかと反駁しました。そうすると書記長は執行部には起案権と執行権がある組合員がこれに従わない時にはどんなことでもできる。妻子を泣かせたり行李を背負つたりした人があつたじやないか、と語気強く私に云いました」と記載されている。

三、しかし、右の席で「起案権」なることばが出たいきさつについては、後藤の証言(反対尋問の部分)及び同席した証人西飯弘三に対する尋問調書を総合すると組合の定めた任期中停年退職する者は候補者に推選しないという条件について後藤と被告人佐藤幸男の間で論議され、後藤が、右のような条件を定めるにつき政治局員に相談しなかつたのがいけないとか、これに関する前書記長成沢のやり方が独断だとか詰問したのに対し、被告人佐藤幸男が、執行部には起案権があるからいちいち細かいことまで政治局員に相談しなければ提案できないものではない旨答え、後藤が更に、執行部は何でも勝手にできるということか、と反問し、このようなきつかけから「起案権」なるものについての論争が展開されたものであることが認められる。このように見れば「起案権」が論議されたいきさつとしては合理的で自然であり、これに反し後藤の前記供述調書の記載では「起案権」ということばの出方がいかにも唐突である。

後藤は、右証言において、起案権ということばが右に認定のきつかけから出たものであることを極力否定しているが、その否定の仕方は甚だ不自然であるのみならず、その直前の証言内容は実質的に右の点を肯定しているのであつて、否定はむしろ作為的とさえ感じられる。このような事情とさきに述べた後藤の供述の誇張或いは独断的要約の危険を考えると、後藤の証言(主尋問の部分)及び供述調書によつては、本件面談の席で、被告人佐藤幸男が、後藤に対する統制処分を暗示する意味で公訴事実記載のような「執行部には起案権と執行権があり、組合員がこれに従わないときにはどんなことでもできる」とのことばを吐いた事実を確定することはできない。

次に、「妻子を泣かせたり行李を背負つたりした人があつたじやないか」ということばについて見ると、後藤の証言及び供述調書(第一、二回)によれば、右と同趣旨のことばが、四月二日の会談(主文第六項記載の公訴事実)では被告人佐藤幸男(証言)または被告人佐々木(供述調書)により、四月一七日の会談(判示第一の事実)では被告人佐々木により、更に四月一三日後藤の自宅で当時の組合厚生部長牧野要蔵と面談した際には同人により、それぞれ述べられたとされており、このようなことばが、主体を異にし機会を異にして頻繁に用いられたという点いささか奇異の感を免れない。

右の趣旨のことばが当時組合内部で常用されていたものであれば何ら異とすることはないが、そのようなことを認めるに足る証拠はない。そうすると、このことばは、さきに述べた後藤の証言及び供述調書の欠陥を考えるときは、後藤が、当時何度も組合幹部と会いその都度立候補を辞退するよう圧力をかけられたということを最も端的に要約し表現するために利用したことばであるかもしれないと考えられる、後藤の第一回供述調書に、前述の批判に耐え得ない起案権云々のことばに続く一連のことばとして、右の妻子を泣かす云々のことばが吐かれた旨記載されていることは、一層その疑を深くする。もつとも、後藤が右のことばを自ら案出ねつ造したとまではいえないのであつて、誰かがいずれかの機会に述べたもの(事実、被告人佐藤正太郎の司法警察員に対する供述調書二通によると、同被告人が右の趣旨のことばをある機会に後藤の立候補に関連して同人に対して云つたことが認められる)と見るのが相当であるが、結局後藤の証言及び供述調書によつては、その主体、機会及び回数を特定することはできないといわねばならない。

四、前記公訴事実に副う内容をもつ証拠は後藤の証言及び第一回供述調書のみであり、しかもこれによつては右公訴事実を認定するに足らないこと以上説示のとおりであるから、結局右公訴事実については証明がないことに帰し、この点については被告人佐藤幸男に対し、刑事訴訟法第三三六条を適用して主文で無罪を云い渡すべきものである。

第二、被告人佐藤幸男、同佐々木正明に対する主文第六項記載の公訴事実について、右両被告人の無罪の理由。

公訴事実の要旨は、被告人佐藤幸男、同佐々木の両名は、判示冒頭記載の事実の下に後藤をして立候補を断念させるため、共謀のうえ、昭和三四年四月二日頃判示組合事務所において、後藤に対し、被告人佐々木が「組合の決定に従わない場合は機関にかけて処断する、お前もこれまで永年組合幹部をやつている労働組合の強さを知つているだろう、妻や子供を泣かせるな」と申し向け、更に被告人佐藤幸男が「こんな者と話し合つてもだめだ、明日機関にかけて処断するより仕方がない」と申し向けて、同人が前記選挙に立候補すれば組合規約により統制違反者として除名処分を受ける旨を暗示し、もつて選挙に関し候補者となろうとする組合員後藤を組合との特殊の利害関係を利用して威迫した、というにある。

これに対し右両被告人は、いずれも四月二日頃に後藤と合つた事実はないと主張し、弁護人の主張もこれと同様である。

一、右公訴事実を検討するについても前述の後藤の証言及び供述調書の信憑性が基礎となることは前項と同様である。

二、証人佐藤正太郎に対する尋問調書及び後藤の証言並びに第一回供述調書によると、四月二日、被告人佐藤正太郎が、後藤を説得するため国藤昇を介して後藤を組合事務所に呼び出し、委員長室で同人と面談した事実が認められる。

後藤の第一回供述調書によると、その際被告人佐藤幸男、同佐々木が少し遅れて会談の席に加わり、被告人佐藤正太郎が電話に出るため中座した時、被告人佐藤幸男、同佐々木の両名が急に語気を強くして公訴事実記載の言辞をこもごも吐いたというのである。

三、被告人佐藤正太郎が同日後藤と面談するに至つたいきさつについて、弁護人は組合役員としての正式の立場を離れ後藤の親しい友人として余人を混えず個人的な立場で会つたものと主張するが、被告人佐藤正太郎がその当時現に組合の副執行委員長であつたということ、同日後藤と会う前にそのことを被告人佐藤幸男及び同佐々木と相談していること(第一〇回公判調書中右両被告人の各供述記載)及び被告人佐々木正明の手帳(証第三号)の記載内容等からみて、やはり組合の後藤に対する説得工作の一場面であるといわざるを得ない。しかし他面、告示の日まで二週間以上の日があること及び四月一七日の会談の際には後藤に対し執行委員長名で文書による呼出しの方法をとつているが、四月二日の場合はそうではなく、後藤の証言によつても、佐藤正太郎の使いで、後藤を呼びに行つた国藤が後藤に対し「佐藤正太郎君が個人で伺いたいことがあるそうだから組合に行つてくれ」と連絡した事実が認められること等に徴すれば「後藤の性格から考えて組合で正式に話すよりもむしろ知人として話してもらつた方がよいと考え、後藤と親しい佐藤正太郎に頼んだ」との被告人佐々木の供述(第一〇回公判調書)も、一概に検察官主張の如く同被告人の言辞として排斥することはできない。

また、検察官は、被告人佐々木正明の手帳(証第三号)の記載をもつて同被告人が右会談に同席した証拠の一つであるというが、右手帳の記載は、同日午後四時から開かれた執行委員会の席でその会議の内容を筆記したものであることが右手帳自体から明らかであつて、前記後藤との会談の席に同被告人が列席したことの証拠としては何の価値もない。

結局、後藤の証言及び供述調書だけが残された証拠である。

四、右公訴事実について、後藤の証言は、主尋問においては同人の供述調書と概ね軌を一にしているが、反対尋問で、四月二日の事実としてこれまで述べてきたことは四月一七日のことと混同しているのではないかとの質問に対して混乱を示し結局わからないと証言している。

反対尋問の行なわれたのは昭和三五年七月二一日の第四回公判廷であるから、供述調書の方が記憶が新らしく信憑性があると一応云えるであろう。そこで、後藤の供述調書の四月二日の会談に関する部分を四月一七日の会談の部分と比較しながら検討すると、この両者は、会談の行なわれた場所は同じ執行委員長室であり、その室へ被告人佐藤幸男、同佐々木の両名が入つてきた時期と状況、右両被告人の着席した位置、列席者の発言内容等があまりにも酷似している。

これらの点及び前項に述べた点を考えると、後藤の第一回供述調書の日付が五月一三日であるところから、すでにその当時、三月末頃から四月一七日まで何回もいろいろな人による説得活動を受けてきた後藤の記憶に混同があつて明瞭でなかつたのを、さきに述べた後藤の性格からいかにも実在のことのように確信してしまい右供述調書の如く述べたものかもしれないとの疑問がある。そして他に四月二日の会談に被告人佐藤幸男、同佐々木の両名が同席したことを推測させる間接事実も認められない。従つて、前記の公訴事実については、その余の点の判断を待つまでもなく証明がないことに帰するから、この点については、被告人佐藤幸男同佐々木の両名に対しそれぞれ刑事訴訟法第三三六条を適用して、主文で無罪を云い渡すべきものである。

よつて、主文のとおり判決する。

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